犬の鑑札リデザインプロジェクト
 

展覧会 Vol.1 2005年9月「ただのいぬ。展」

展覧会 Vol.2 2006年9月「Do you have home?展」

展覧会 Vol.3 2007年7月〜8月「犬の鑑札リデザイン展」

展覧会 Vol.4 2008年3月「ただのいぬ。展 in 島根」

展覧会 Vol.5 2008年9月「ただしいいぬ。展」

展覧会 Vol.6 2010年1月「ただのいぬ。展 ミニ展覧会 in 逗子」

 
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展覧会vol.4「ただのいぬ。展in島根」


捨てられたり、迷子になったりして保健所や動物管理センターに「保護」された犬たちの運命を写真と詩で綴った展覧会『ただのいぬ。展』は、2005年9月に世田谷文化生活情報センター 生活工房で開催され、大きな反響を呼びました。 あれから2年半。『ただのいぬ。展』は、島根動物愛護ネットワークというパートナーを得て、新たな一歩を踏み出しました。

■期間:2008年3月6日(木)〜16日(日)
■会場:島根県立美術館ギャラリー
■共催:島根動物愛護ネットワーク
■作家:服部貴康(写真)/小山奈々子(詩)
■企画制作:Lucy+K
■後援:島根県/島根県教育委員会/松江市/松江市教育委員会/世田谷区
■協賛:(株)イーストウエスト (有)コピーセンター隆 (有)松江木工所 ガレージガーデン ピーシーエッグ(株) (有)イスコデザイン
■協力:NPO法人日本動物生命尊重の会(A.L.I.S)

島根動物愛護ネットワーク代表の西原さんから、当展を島根で開催したいというお話をいただいたのは、2006年の夏。長年東京で暮らしていて、数年前に島根にUターンした西原さんは、故郷の犬や猫たちが置かれている過酷な状況を知ることになります。そして、1匹の子猫を救うために訪れた動物病院で、待合室に掲示されていた雑誌の記事を見て、当展の存在を知ったそうです。
お話をいただいた時、非常にうれしく思ったのと同時に、一抹の不安を覚えたのも事実です。犬たちの置かれた状況が東京とはまったく異なる地で、私たちがやっていることが、はたして通用するのだろうか、と。しかし、取材で何度か島根を訪れるうちに、その心配は杞憂であったことに気づきました。保健所職員の皆さま、保健所から犬を譲り受けた飼い主の皆さまをはじめ、多くの方々のご協力を得ることができ、島根で開催するにふさわしい『ただのいぬ。展』を作りあげることができる、という確信が湧いてきました。
そして今回、島根の皆さまと一緒に作り上げた『ただのいぬ。展』を、自信を持ってお届けすることができました。

「ただのいぬ。」とは…

「只の犬」「無料の犬」―すなわち保健所や動物愛護センターに「保護」されている犬を指します。「ただのいぬ。展」の元になった写真集の作成にあたり、ラーメンズの小林賢太郎さんが写真集のタイトルとして考案した造語です。

◆参考:アンケートまとめ(PDF 112KB)
◆島根動物愛護ネットワークによる報告はこちら








島根県立美術館について


会場となった島根県立美術館は、松江市の中心街からほど近い場所にあります。風光明媚な宍道湖畔に位置し、休日には、松江市のみならず近隣の市や県からも、多くの人が訪れます。夕日の名所としても有名で、美術館のロビーからは、宍道湖の彼方に沈む夕日を眺めることができます。またこの時期、美術館の閉館時間は「日没の30分後」となり、ロビーには、その日の日没時間と閉館時間が表示されます。
隣接する公園には、大小さまざまな彫刻が配置され、訪れる人の目を楽しませています。
特に、疾駆するウサギを模した「宍道湖うさぎ」は、前から2番目のうさぎ像に、宍道湖の特産品である「しじみ」の殻を供え、西を向いて像をなでると良縁に恵まれる、というジンクスがあり、地元の方や観光客に親しまれています。







ただのいぬ。の部屋


会場は「ただのいぬ。の部屋」「暗闇の部屋」「光の部屋」の3つに分かれており、来場者は、まず最初は「ただのいぬ。の部屋」に入ることになります。
ほの明るい、薄暮のような雰囲気の部屋に入ると、愛くるしい子犬たちの写真が目に入ります。写真の横には、どこかせつない感じの詩が添えられています。

この子犬たちは、全国の保健所や動物愛護センターで、新しい飼い主を待っている「譲渡対象犬」。捨てられたり、引き取り手の現れなかった犬たちの中でも、比較的幸運な犬たちと言えるでしょう。
子どもたちや若い女性たちの多くは、この部屋に入り、まず「かわいい!」と声を上げます。確かに「かわいい」・・・しかしこれは、裏を返せば「かわいくない」犬は、譲渡の対象とならず、生き残ることのできる可能性が少ないことをも意味します。

ふまれた草はいいました
痛いとか
悲しいとか
みじめなのではなく

ふまれなかった草と
何がちがうのか
それだけを
教えてほしいと


(詩/小山奈々子)


この部屋には、今回の展覧会のために、島根の保健所で新たに撮影した犬もいます。上の犬は、2006年11月に出雲保健所で撮影しました。出雲保健所には譲渡対象犬専用の施設があり、一般の方が誰でも犬を見ることができます。
取材の日は、赤ちゃんの予防接種の日だったこともあり、多くのママさんや子どもが見守る中で撮影が行われました(笑)。

「ただのいぬ。の部屋」の一番奥は「分かれ道」になっています。ここではほとんどの人が一旦立ち止まり、どちらの部屋を見るか、あるいは見ないか、考えます。親子でいらした方の多くは、黒いボードに書かれた文章を一緒に読み、そして部屋が2つに分かれている意味を考えます。ボードには、こんなことが書いてあります。

「ただのいぬ。」たちは、この光と暗闇に通じる運命の分かれ道を
どちらに進むのか、自分で選ぶことができません。
あなたはどちらへも進むことができます。
お好きな方の部屋をご覧ください。
どちらも「ただのいぬ。」たちに訪れる現実の光景です。

犬たちの行く道は、現在の日本では2つしかありません(迷子犬を飼い主が連れ戻す場合は除く)。すなわち、新しい飼い主を得て再び人の温もりの中に戻っていくか、あるいは炭酸ガスによる致死処分か。そして前者と後者の比率は約1:9と言われています。













暗闇の部屋


右側の道を進むと、「90%」の犬たちの運命を目の当たりにすることになります。

この部屋では、致死処分施設と、そこで死を待つ犬たちの表情、時間の経過を示す数字などが、淡々と、しかしそこで何が行なわれたのかがはっきり分かるように展示されています。

目を覆いたくなるような残酷な写真はありません。
しかし、犬たちの目はどれも、まっすぐ我々を見つめ返してきます。この視線が、どんな苛烈な映像よりも深く心に突き刺さります。また、この部屋で唯一カラーで表現された赤い炎は、瞼の奥に鮮烈に焼き付いて離れません。犬たちがたどる悲しい運命に、涙ぐむ方も大勢いらっしゃいました。そして、この部屋に最後まで入ることができなかった方も。
写真家の服部さんは、この部屋の写真を撮影した時のことを振り返り、よく言います。

「彼らの死を撮ったのではない。彼らが確かに生きていた証を撮りたかったのだ」

また写真には、こんな詩が添えられていました。

ひまわりに
なりたくて
いつも
空を見上げていた
土の匂いも
足もとの小石も
忘れるくらい
太陽が
大好きで
いつも
空を見上げていた

ひまわりに
なりたくて
それでも
やっぱり
色だけ同じの
たんぽぽだった

(詩/小山奈々子)
















光の部屋


「保護」された犬たちの約10%は、死を免れ、新しい家族を見つけ、再び人の温もりの中に戻って行きます。「分かれ道」を左に進むと、そんな幸運な犬たちの部屋「光の部屋」に入ります。
この部屋の前半は、東京都の犬たち。多くの自治体では、保健所や動物管理センターが主催する「譲渡会」で、犬たちと引き取り希望の方が「お見合い」して、譲渡先を決めます。しかし東京都動物愛護相談センターは、少々違った方法を取り入れています。
東京都動物愛護相談センターの犬たちは一旦、都が指定した動物愛護団体(犬又はねこ等の譲渡実施細目に基づく譲渡対象団体)に譲渡され、その団体に所属する「一時預かりボランティア」の家庭に預けられ、じっくりと時間をかけて、それぞれの犬に適した家族を探すのです。このシステムにより、「5〜7日間で引き取り手が見つからないと致死処分」というくびきから逃れることができ、これまで譲渡の対象外とされてきたMIX(雑種)の成犬や病気のある成犬も、新しい家族を得ることができるようになりました。この結果、東京都の犬の致死処分数は、年間数百頭というレベルまで減少したそうです。

この部屋の犬たちは、譲渡対象団体の一つ、NPO法人日本動物生命尊重の会(略称:A.L.I.S)から紹介していただいた譲渡犬とそのご家族の写真、そして小山奈々子さんの優しくせつない詩を中心に構成されています。写っている犬たちの多くはMIXの成犬。暖かそうな部屋で人々の笑顔に囲まれている犬たちの写真を見ていると、本当に良かったね、という思いとともに、この部屋に来ることができなかった「暗闇の部屋」の犬たちに思いが及びます。なんで彼らが死ななければならなかったのだろうか、と。

「光の部屋」は、来場者の皆さんが最後にゆっくりくつろげる場所でもあります。展示を見て感じたことを語り合ったり、アンケートを記入したり、関連書籍を読んだり・・・思い思いの時間をすごしていらしゃいました。

この部屋には、これまでの展覧会と同様、メッセージボードを設置しました。ボードには、来場してくださった皆さんの熱い思いがびっしりと書き込まれています。それにしても皆さん、絵が上手いです!(笑)

またテーブルや椅子は、(有)松江木工所にご協力いただき、本展のために特別に製作していただいたものです。どのテーブルも椅子も、高級感あふれる素敵なものばかり。でも実は、これらはすべて、古民家を解体した時に出る廃材を使用して作られています。
かつて城下町だった松江市には、築100年以上の古民家が数多く存在しますが、毎年多くの古民家が解体され、姿を消していくそうです。それらの古民家に使用されている質の良い材木を有効利用した、エコでおしゃれな家具。「ただのいぬ。展」の会場に、ぴったりハマっておりました。


















島根の「ただのいぬ。」


「光の部屋」の後半は、島根の譲渡犬や保健所、動物管理センターの写真です。
平成18年度、島根県内で致死処分された犬の数は1271頭、それに対し、新しい飼い主に譲渡された数は126頭でした。
島根県では、捨てられたり迷子になった犬や、飼い主に「飼うことができない」と持ち込まれた犬たちは、松江、雲南、出雲、県央、浜田、益田、隠岐の7つの保健所で保護収容されることになっています。公示期間は1週間で、その間にもとの飼い主が迎えに来ない場合、譲渡対象犬となる子犬を除いては、原則として悲しい最後を迎えます。
しかし近年、島根動物愛護ネットワークをはじめとした動物愛護団体により、致死処分予定の犬が保護され、新しい家族と巡り会う機会がようやく島根にも生まれ始めています。上の写真に写っている「ラッキー」は、2006年11月、我々が打ち合わせと取材のために島根を訪れたことがきっかけで、島根動物愛護ネットワーク代表の西原さんによって助けられた、文字通り「幸運」な犬です。

右上の写真は、出雲保健所ではじめて「彼女」と出会った時のものです。当時、推定生後4ヶ月であった「彼女」は、ぎりぎりで譲渡対象犬となることができませんでした。この時は、私も写真家の服部さんも、「彼女」を、理不尽に命を奪われてしまう多くの犬たちの1匹と認識しており、もう2度と会うことはないだろうと考えていました。
しかし、島根から東京に帰った数日後、西原さんから、「彼女」を保護して「ラッキー」と名付けた、という連絡が!我々の活動がきっかけで救うことができた命・・・本当に感激でした。
ラッキーは、当初は「一時預かり犬」として新しい飼い主を募集していましたが、現在は西原家の正式な家族として、夫妻の愛情をたっぷり受けて幸せに暮らしています。

2006年11月の島根訪問では、出雲動物管理センターの致死処分施設も取材しました。この日は致死処分の日ではなく、施設内に犬や猫はいませんでした。想像していたよりも清潔感のある施設でした。

上の写真は、2006年9月に出雲保健所が主催した「動物の譲渡会」で、アメリカ人の英語教師Eさんの家族となった「ジャック」。Eさんは、現在はジャックを連れてアメリカに帰国しています。東京から来た我々が島根で出会った犬が、今はアメリカで暮らしている・・・何だか感無量です(笑)。
















関連イベント


今回は、展覧会だけでなく、以下の3種類のイベントも行いました!

(1)こどものためのトークショー「ただのいぬ。ってなに?」(2008.3.8)
(2)シンポジウム 島根の「ただのいぬ。」(2008.3.8)
(3)写真家によるフロアレクチャー(6回開催)





来場者数は4000人以上!


会場には、本当にたくさんの方が足を運んでくださいました。その数、10日間で4,054人!
世田谷での展覧会(12日間で5121人)とほぼ同等の数字ですが、松江市の人口(約20万人)は、世田谷区(約80万人)の4分の1。島根県全体(約70万人)でも世田谷区の人口に届きません。このような条件で4000人もの人に見ていただけたのは驚きです!テレビ(放映4回)や新聞(掲載5回)といったマスメディアに取り上げられたことも大きな要因でしょう(写真右下は3000人目の方)。
また今回の来場者の特徴として挙げられるのは、若い女性と家族連れの方が非常に多かったことでしょう。家族連れの方に関しては、松江市および雲南市の市立小・中学校の全生徒にチラシを配布したことが功を奏したのではないかと思われます。
動物愛護にこれまで強い関心を持っていなかった方にこそ来ていただきたい、という思いは、どうやら達せられたようです。





島根の皆さん


そして今回の盛況を支えたのは、何といっても、西原夫妻(写真右)をはじめとした島根動物愛護ネットワークの皆さんの力でしょう。設営・撤去作業や、展覧会場の受付に、のべ30名ものボランティアさんが参加してくれました!また展覧会に来場してくれた方が、翌日にはボランティアとして会場の受付をしてくれていた、ということもありました。
島根の皆さんの底知れぬパワーに、脱帽です!!

設営や撤収の時に、スタッフ用のお食事をケータリングしてくださったのは、北アフリカやトルコの料理を得意とするレストラン「チーナカ豆」さん。これがまた、とんでもなく美味しいのです!深夜に及んだ設営作業も、このお料理があればこそ、乗り切れました(右真ん中の写真は北アフリカ料理「クスクス」)。撤収の日は天気が良かったので、美術館に隣接する公園でピクニックランチです。










「ただのいぬ。」からの提案:「室内飼い」と「鑑札の装着」


今回の展覧会を通して、自分自身「ただのいぬ。プロジェクト」の本来の目的というものを、改めて見直すことができました。
この展覧会の目的は、犬たちの悲惨な現実を見せつけることではありません。写真に写った犬たちの姿を通して、犬と人とのしあわせな関係とは何かを、一緒に考えてほしいと思っています。この「しあわせな関係」が、具体的にどんな形のものなのかは、まだ結論を出すことはできません・・・いえ、多分結論というものはなく、私たちが犬と暮らしていく限りは、ずっと考え続けなければならない問題なのでしょう。
犬との暮らし方について、「ただのいぬ。プロジェクト」がこだわっている事柄に、「室内飼いの推奨」「鑑札装着の励行」があります。ご存知のとおり、犬は狼の子孫であり、本来は群れで暮らす生き物。犬たちは、リーダーに従い、守られ、また仲間たちと一緒にすごすことを何よりも強く望みます。逆に群れから隔離されると、強いストレスを感じてしまい、心身両面の健康状態や寿命にも影響が出てしまうようです。島根では、まだまだ「外飼い」の方が多いと聞きますが、「光の部屋」の展示や、フロアレクチャーなどの関連イベントを通して、室内飼いの大事さをお伝えすることができたのではないかと思います。
また鑑札については、犬が迷子になって保健所などに保護された場合、鑑札を着けていない場合の飼い主への返還率は50%なのに対し、鑑札をつけていれば100% 飼い主の元に帰る事ができるのです。現在の鑑札は、「小型犬には大きすぎる」「デザインがいまいち」「装着が義務であることを知らなかった」などの理由から、鑑札を着けている犬は極めて少ない、というのが現状のようです。
「ただのいぬ。プロジェクト」では今年度、世田谷区と共同で、現在の犬を取り巻く環境に適した新しい鑑札の開発に取り組んできました。そして先日、この鑑札の仕様(PDF)を発表いたしました。この鑑札は2009年4月より、世田谷区で交付を開始しますが、他の自治体にもぜひ採用していただきたいと考えていますので、よろしくお願いいたします!
展覧会には、県の動物愛護担当職員の方、保健所の職員の方、地元の国会議員さん、全国規模で活動する動物愛護団体の方もいらっしゃいました。今回は、一般の方だけでなく、動物愛護行政に対しても積極的な働きかけができたのではないかと思います。

最後に、当展に協力してくださった多くの方々、そして会場に来てくださったすべての皆さまに、厚く御礼申し上げます。そしていつの日か、島根の、そして日本の犬たちに、本当の幸福が訪れることを願ってやみません。

文/写真:長谷川潤(生活工房)